「諸行無常」・しょぎょうむじょう・
「諸行」というのは、この世の一切の事物・現象という意味で、「無常」は、消滅する又は流転して変化していくということです。
あらゆる物ごとは常に移り変わっていて、永遠に不変なものなどは存在しないのです。
”花は咲きそして散りゆく”ように、万物も変わりゆくもの。それ故に、すべてのものは儚くて虚しいのだという仏教の基本的な教えのひとつです。
変化を自然なこととして捉える
たとえどの様なことが起きても、物事は良くも悪くも形を変えていって永続するものは存在しません。人間だって、生まれてから日々変化して死に至っていく切ない運命なのです。
肉体的な変化・社会の変動・仕事や人間関係・健康や経済状況等のすべての事象、そして喜びや悲しみなど心の中さえも変化していくのです。
何かを頑張り続けて「やっと叶った!」と喜んだのも束の間、もっと上を目指したいとさらなる欲望が湧いてくる。現状では満足できなくなった貪欲な自分へと変わってしまいます。
逆に嬉しい変化もあって、病気や災害などで助けてもらった経験により人に優しくなることもあるでしょう。
愛情や健康、豊かさなどを「永遠に変わらずに続きますよう・・」と望んだとしても思い通りにいかないことに悩んだり苦しんだりします。又その苦しみもずっと続くわけではありません。
自らが望み思い描く理想のかたちは、自分自身が都合よく作り上げた主観的な幻影に過ぎません。いま目の前に存在している物質や心情などは、すべて一時的な通過点でしかないのです。
この世に永遠に不滅で確かなものは存在しないのならば、過去へのこだわりも未来に対する不安も無用だということです。思い込みやよけいなこだわりによって苦悩を増やせば、自由な心の妨げになります。
変わらずにいて欲しいと「先」を願うより、「今」あるこの時に感謝することの方が大切なのではないでしょうか。そして「変わらないものなどない」・「すべて変わるものなんだ」と捉え、ひと時の経験が出来たことを喜び変化してゆく過程を楽しんでいきましょう。
「永遠」というと、どこかロマンチックで”永遠(とわ)の愛”を好む西洋的な思考ともいえます。一方で、永遠に続くことなんて幻想にすぎないという考えは、仏教から賜った日本的な思想ではないかと思います。
現実的で少しネガティブに感じますが、日本は昔から地震や台風・洪水や火山噴火などの災害が頻発し多くの被害に見舞われてきました。長い過去の経験から無常の価値観が、日本の風土に根付いていったのは自然なことなのかもしれません。
近年では異常気象によって世界中で天変地異の現象が起きています。絶えない争いも含めて、辛く悲しい出来事が重なることは、人々の心の変化にどう影響するのでしょうか。この先10年30年、50年後には世界は思いもよらない変貌を遂げているかと思います。
流れゆく世の中であっても、日本人の根底にある無常の人生観は守るべき日本的な文化です。不確かな無常さを知ることでどんな状況でも柔軟に受け入れられ、心が平安であることを願います。



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